「大人は泣かないと思っていた」感想
主人公の時田翼は30代。
アル中の父親と限界集落に住む、農協職員。
母親は、10年ほど前に家族を捨てて家出している。
父親に頼まれ、庭のゆずの実泥棒を見張っているときに現れたのは・・・
というミステリっぽい出だしではじまる物語です。
「良かった」という知人の感想が妙に引っかかり、図書館で借りて読みました。
主人公の翼は、上司の言うことには特に逆らわず、何を言われても怒ったりしない、一見気弱な草食系の青年なんですが、その心の声がおもしろい。
>田舎に住むことの不便とは、(「あそこよりはマシよね」という)、他人のわけのわからないプライドの保持に利用されることだ。
>仕事は好きでも何でもない。やりがいを感じるぜ、と思うこともない。だが手を抜いたことは一度もない。
>(宴会の席で)お酌をしない人間をチェックしておいて、後から「あいつは気が利かない」と陰口を叩くやつがいる。俺はそれを「お酌警察」と呼んでいる。
クールに状況を分析し、適切な対応をしているのです。
物語の中で少しずつ時間は進んでいきながら、章ごとに違う人の視点で描かれます。
主人公の翼。
猫みたいな女の子、レモン。
翼の友人の鉄腕こと鉄也。
鉄也の父。
そのほかにもいろいろ。(ネタバレになりそうなので全部は書きません)
それぞれの「心の声」がいちいちリアルでおもしろく、一気に読めました。
感じたのは、自分にとって大事なものをしっかりと大切にすること。
「世間体」とか「娯楽としての人の噂」とか
「こうあるべきという役割の押しつけ」とかの
正論を振りかざして人を追い詰めるひとたちに力強く「それは違うでしょう」とNOをつきつけ、自分の大切なものや大好きなものを、しっかりと守ろうとする人が何人も出てきます。
正論をふりかざすひとたちは
あたりまえにあると思っているものが、ある日突然なくなって、
そこではじめて、どれだけそれが大切なもので
どれだけ自分がそれを愛おしく思っていたか
そして、自分がどれを粗雑に扱ってきたかを思い知らされるのです。
その心の痛みがじわじわとせまってきました。
まだ、遅くはないから。取り戻せるかもしれないから。
そんな予感もしました。
人を幸せにしない伝統や慣習やプライドみたいなものは、さっさと捨てちゃおう。
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寺地はるな「大人は泣かないと思っていた」